うたのある生活

赤人集2

幻の ほどと知りぬる こころには 春くる夢と 思ほゆるかな

かりそめに しばしうかべる ともしびの みな泡とのみ たとへられける

黒髪の 白くにはかに なりぬれば 春の花とも 見えわたりける

われかみも 春の限りに 人しらば 草木なるとて 思ひしりなむ

夢にても うれしきことを 見るときは ただにうれふる 身にはまされり

しほにけて ○○○○○○○ くる雁も 春にあひてぞ 飛びかへりける

春ごとに あひてもあかぬ こころかな 花雪とのみ 降りまがひつつ

春のみや 花は咲くらむ 谷さむみ うもるる草は 光をも見ず

白波の 立ちかへりくる 数よりも 我が身を嘆く ことはまされり

あしたづの ひとり遅れて なく声は 雲の上まで 聞えつるかな

雨雲の 身を隠すらむ 日のひかり わが身くらせど 見るよしもなし

思ふこと なく鶯が つけたらば 色も変らぬ 我が身とや見む

時鳥 さつきならねど なきにける はかなく春を 過しきぬらむ

わかの浦に しほ満ちくれば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴なきわたる

*春の野に あさるきぎすの 妻恋に 己がありかを 人に知れつつ

ひさかたの あまのは山に この夕べ 霞たなびく 春たちくらし

梓弓 春山近く 宿りせば つきて聞くらむ 鶯の声

うちなびき 春さりくれば しかすがに 空くもりあひ 雪は降りつつ

いにしへの 人の植えけむ 杉の葉に 霞たなびく 春はきにけり

こらかてを まきもく山に 春されば このはしのきて 霞たなびく

春霞 流るるともに あをやぎの えたくひもちて 鶯なきぬ

かげろふの 夕さりくれば 狩人の 弓いるかたに 霞たなびく

むらさきの 根ばふよこのの 春の野に 君をこひける 鶯ぞなく

わが背子を ならしの山の 呼子鳥 君よびかへせ 夜の更けぬとに

朝ごとに きてなく小鳥 なれたにも 君にこふらし とこなつになく

春なれや 妻や求むる 鶯の 梢をつたひ なきつつぞふる

かすがなる はるひ山より さほのうへ さしてゆくなる 呼子鳥ぞも

こたへぬに 呼名をかしぞ 呼子鳥 さほのやまへを 上り下りに

朝露に しとどにぬれて きなむ鳥 かみやまよりも なきわたるなり

いまさらに 雪降らめやは かげろふの もゆる春へと なりにしものを

ふぶきつつ 雪は降れども しかすがに 霞たなびく 春はきぬらし

山ぎはに 鶯なきつ うちなびき 春と思へば 雪降りしきぬ

峰のうへに ふりおく音は 風の音 音に散るらし 春はありとも

君がため 山田のさはに ゑくつむと 雪解の水に 裳裾ぬらしつ

*梅枝に なきてうつろふ 鶯の 羽しろたへに 淡雪ぞ降る

山高み 降りくる雪を 梅の花 散りかもくると 思ひけるかな

きのふこそ 年は暮れしか 春霞 かすがの山に はや立ちにけり

冬すぎて 春はきぬらし 朝日さす しがの山辺に 霞たなびく

梓弓 春になるらし かすがやま 霞たなびく 夜目に見れども

鶯の こづたふ枝の 移り香は 桜の花の ときかたまけぬ

霜枯れの 中の柳は 見る人も かつらにすべく 思ほゆるかも

浅緑 そめかけたりと 見るまでに 春の柳は もえにけるかな

山もとに 雪は降りつつ しかすがに この川柳 もえにけるかな

青柳の 糸の細きを 春風に 乱れむ色に 見せむこもかも

梅の花 折りもてみれば 我が宿の 柳のまゆも あはれなるかな


桜花 時はすぎねど 鶯の こひせざる音は 今やなくらむ

わが里の 柳の糸を 吹きみだる 風にや妹が 梅の散るらむ

年ごとに 梅は咲けども 空蝉の 世に我しもぞ 春なかりけり

うちつけに とは思へども 初めても まづ見まほしき 桜花かな

あしひきの 山のは照らす 桜花 この春雨に 散りにけるかな

あの山の 桜の花は 今日もかも 照りみだるらむ 見る人なしに

うちなびき 春立ちぬらし 山もとの 若木の末に 咲き散る見れば

蛙なく 吉野の川の 滝の上に あぜみの花ぞ 咲きてあだなる

春の岸 なる滝本に 桜花 散りぬべらなる 見る人もかも

*春雨は いたくな降りそ 桜花 まだ見ぬ人に 散らまくも惜し

春雨に あらそひかねて 我宿の 桜の花は 咲きそめにけり

春の野に 菫つみにと 来し我そ 野をなつかしみ 一夜寝にける(万葉第八)

いつしかも 今宵あけなむ 鶯の こづたひ散らす 梅の花見む

見渡せば かすがの野辺に 霞たち ひらくる花は 桜花かも

のと川の 水底さへに 照るまでに 三笠の山は 咲きにけるかな

雪見れば まだ冬なるを しかすがに 春霞たち 雪は降りつつ

こぞ咲きし 草木いま咲く いたづらに 土にや散らむ 見る人なしに

朝霞 見るひ暮れなば 木の間より うつろふ月を いつかたのまむ

春霞 たなびく今日の 夕月夜 清く照るらむ たかまどの山

春されば 木隠れおほみ 夕月夜 おぼつかなしや 花の陰にして

春雨に ありけるものを 立ち隠れ 妹が家路に この日暮しつ

春日野に 煙たつめり やをかしは 春のおほきふ 雨の降るらむ

春の野に こころのべむと 思ふどち こし今日の日は 暮れずもあらなむ

*ももしきの 大宮人は いとまあれや 梅をかざして ここに集へる

住吉の さとゆきしかば 初花の まれに見む君に 我あへるかも

春日なる 三笠の山の 月もいでぬかも 関山に 咲ける桜の 花も見るべく

*冬は過ぎ 春はきぬれど 年月は 改まれども 人はふりゆく

春山に ゐる鶯の あひ別れ 帰り待つ間の 思ひするにも

我宿の 春咲く花の 年ごとに 思ひますとも 忘れめや我

梅の花 咲き散る野辺に 我ゆかむ 妹が使ひは われて待つらむ

春の野に 霞たなびく 桜花 うち散るまでに 会はぬ君かな

わが背子を わがこふらくは 奥山の あぜみの花の いま盛りなり

梅の花 しだり柳に 折りまぜて 春に添ふるは 君にあるらむ

をみなへし 咲く野辺におふる 白つつじ 知らぬこともて いひし我がこと

春たてば 草木の上に おく霜の 消えつつ我は こひやわたらむ

春霞 山にたなびき 隠す妹も あひ見てのちぞ こひしかりける

春霞 立ちにし日より 今日までに わが恋やまず 人目しげきに

青つづら 妹を訪ぬと 春の日の 霞たちまふ 今日し暮しつ

見渡せば 春日の野辺に 立つ霞 見まくのほしき 君が辺りを

あやしきは 我が宿にのみ 立つ霞 たてれぬるとて 君がこころに

こひつつも 今日は暮しつ 霞たち 明日の春日を いかが暮さむ

わが背子に こひてすべなき 春雨の ふるわき知らず いでてくるかも

春たてば しげし我が恋 わたつみの 立つ白波に ちへぞまされる

おぼつかな 君にあひみて すがのねの 長き春日を こひわたるかな

いまさらに 君はよにこし 春雨の こころを人の しらざらなくに

春雨に こころも人も かよはむや 七日し降らば 七日こしとや

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