うたのある生活

忠見集

霞立つ 吉野の山を こえくれば ふもとぞ春の 泊りなりける

やかずとも 草はもえなむ 春日野を ただ春の日に 任せたらなむ

春くれば まづぞうち見る いそのかみ めづらしげなき 山田なれども

たがためぞ たみのとしへて もる山は よをへてまつの おひぞはるらむ

み熊野の 浦の浜ゆふ たか舟の 何かはいくへ 積みてかへらむ

人知れず 渡しそめけむ 橋なれや 思ひながらに たえにけるかな

ふく風に まかすることも みをつくし 待つと知りてや さしてきつらむ

秋風の 関吹きこゆる たびごとに 声うちそふる 須磨の浦波

高砂の しかなく秋の 嵐には 鹿の子まだらに 波ぞたちける

さほやまの もみぢの錦 いくきとも しらで切り立つ 空ぞはかなき

こゆるぎの あまはあさりに やつれつつ いかなるときに なまめ刈るらむ

ゆきくらす 旅の宿りも 武蔵野の 草むすふよは 思はしきかな

月わたる あさかの沼の 水清み 夜は玉藻の なびくをぞ見る

沖つ波 よせばよせなむ 浮島に 年ふる松を ここながら見む

年ふれば こしのしらやま 老いにけり 多くの年の 雪積りつつ

若菜とて 多くの年を わがつめば 君ぞ子の日の 松に似るべき

たはぶれの 身にしあらねば 稲荷山 祈る日よりぞ さかはゆきける

こころにも いるひの弓は 山ならぬ 花のあたりに 的ぞことふる

池近く うつりにけりな 藤の花 ここのそこのと いかで惜しまむ

深山いでて 都へならば 時鳥 呼びなきそへて ことづてにせよ

水無月の 名越はらふる 神のごと 水のこころは なきやしぬらむ

波の立つ 水の綾をも けふ見れば 七夕のとも 思ほゆるかな

さやかにも 見えすぞありける 逢坂の 駒より見ゆる 望月のかげ

よろづ夜を わがゆるきくぞ おく露の まゆをひらくる ときはきにけり

色々の この花かるる おほゐかは 霜は桂の もみぢとや見む

ひねもすに 見れどもあかず ゆふつけて 賀茂の社に おひやつかまし

年ごとに やらふなはして ありつるを 今年やつひに 息消えぬべし

み吉野の 山の渡るを わけくれば 春の渡りに なりにけるかな

春日野の 草は緑に なりにけり 若菜つまむと たれかしめけむ

をりてだに ゆくべきものを よそにのみ 見てやかたらむ 山吹の花

よそにても 井出の山吹 見きといふな 語らばほかに 散りもこそすれ

難波潟 ゆきかふ舟の つなでなば くるこそ見えね 葦の間をなみ

更科に 宿りはとらじ 姨捨の 山まで照らせ 秋の夜の月

ひたちなる 筑波の山の もみぢ葉の 何あかずとか 露のおくらむ

筑波山 このもかのもの もみぢ葉は 秋はくれども あかずぞありける

ときせぢは 須磨の関にも 変らねば 都に秋の 風や吹くらむ

神の宿 水の社に 祈りすと けふより君が さかはゆかなむ

みなかみの ここら流れて ゆく水に いとど名越の かぐらをぞする

春霞 立つといふ日を 迎へつつ 年のあるじと 我やなりなむ

子の日とも 契らで君が 野辺くれば まつにかかりて 夜をや尽さむ

人のみに きつつはとまる 春ゆゑに 惜しむこころの 惑ひけるかな

年ごとに 待つらむとては きねは見む いただく神の しらけゆくまで

夜半にのみ 鳴く時鳥 おぼつかな あやめとるべき けふはいつぞも

彦星の 川を待つ夜は おぼつかな ほのかに照らす 月のいりがた

見まほしと 思ひしこまに ひきむかへ 君がくるまに 逢坂の関

花の香を けさはいかにぞ 君がため まゆ広げたる 菊の上の露

夕暮に なればきこゆる 鈴虫を 思ふばかりの 便りなりけり

底深き しきつの淵に すまずして 網代によれる ひをのみや見む

もろともに くれどかひなき 網代かな よぞ白波に 日をしへぬれば


*つみとがは 目にし見えねば ふる雪の 消えむあしたを 見るばかりなり

鶯の 鳴く音をきけば 山深み 我より先に 春はきにけり

みなかみの わだにかすみ○ たなびくは 春のくるより 滝の白糸

*手もふれで ここにいづれど 藤の花 庭にうつれる 波ぞ織りける

*青柳の 糸をぞよれる 桜花 ほころび果てて 散らむ世のため

色々の もみぢの錦 霧立ちて 残れるはしは いくきとか見む

妻恋ふる 鹿なくときに なりにけり わが独り寝を たれにきかせむ

年ごとに 刈りつむ稲は 見えくれど 老いにける身ぞ おきどころなき

あらたまの 春をも知らで ふるさとは 龍田の山の 霞をぞ見る

風寒み 凍れる谷の 水しもぞ 春くることを とくと待つらし

ふりはへて 君がためにと 春の野に つめるかたみの 若菜なりけり

春雨は 降りそめにしか うつたへに 山を緑に なさむとや見し

*わが宿の 梢を高み 朝ぼらけ なく鶯の 声ほのかなり

*香をとめて 人も見にこぬ 梅の花 待ち暮しつつ ひとりをるかな

青柳の 糸は乱れて 春ごとに 露のとまらぬ 音やなるらむ

惜むべき 庭の桜は 盛りにて こころぞ花に まづうつりぬる

山吹の 花なき里の 住ひこそ ふりはへ遠く いでつと思はめ

遅く咲く 藤の花ゆゑ いつしかと 我さへ待つに かかりぬるかな

*限りなき 恋をのみして 世の中に 会はぬためしを 我や残さむ

*夢のごと などか夜しも 君を見む 暮る待つ間も 定めなき世を

浅緑 春を着ぬとや み吉野の 山の霞の おひに見ゆらむ

春くれば 若菜つむ野ぞ 思ほゆる かたみにもらぬ 人のなければ

山川の 流れまさるは 松風や 谷の氷を ふきてとくらむ

春雨ぞ 山の緑は 染めてける いざ今よりは 濡衣きむ

*わが宿に 梅の匂ひの 満ちぬれば 折りてつめると 人や思はむ

鶯の 初音ほのかに あしひきの 山へ飛びいづる 声きこゆなり

*わが宿の ものともいはじ 桜花 折りてくらぶる 人もあらなむ

青柳の 糸よりあふる ほどもなく とく知るものは 月日なりけり

山吹の 花のみぎはに 匂へばや 沢に蛙の 声きこゆらむ

*わが宿の 待つに久しき 藤の花 紫の庭 咲やしぬらむ

くれごとに 同じ道にも 惑ふかな 我が身のうちに 恋はもえつつ

別れては くるるも知らず こひしなは 君やほどなき ものと思はむ

折もあへず 散りぬる梅の 花により よそなる人や 我を恨みむ

わが宿の 柳の色も 春くれば 緑の糸に なりにけるかな

大空を 照す月をば おきながら 桂の影は 暗くやありけむ

子の日する 野辺に小松の なかりせば 千代のためしに 何をひかまし

梅の花 春待ちわびて 咲にけり 今は匂ひの そはるばかりぞ

松はただ 千歳こそつめ 待つ人は いくその子の日 数へわたらむ

ゆきかへる 人さへ遠き 子の日かな 千代の松ひく 亀のをの山

ひともとを 千歳は見てむ 松なれど あまたおほくも ひきてけるかな

ひきてくる 子の日の松の 千歳をば 待ち見む君ぞ 久しかるべき

引く松に 千歳わくとも 亀山に 残る齢の 思ほゆるかな

宮人の 子の日するのを 九重に 霞の立つと よそに見るらむ

若菜摘む 野にはからきも なかりけり 松にしるべき 君にまかせて

春をあさみ かたみのそこに みたねども 君がためにと 摘める若菜を

*朝ごとに はきけむものを 桜花 けふよりのちや 散りながら見む

もろともに 我し折らねば 桜花 たれかともえに 知らずもあるかな

この折れる 桜の枝の 残れるは 荒き風をも あてじとや思ふ

きながらぞ 見るべかりける 桜花 折るまに多く 散りにけるかな

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