うたのある生活

忠見集2

桜見るに 有明の月に いでたれば 我より先に 露ぞおきける

散る花を 抜きもとめなむ 春くれば 糸よりかくる 青柳の枝

ゐでにのみ ありと聞えし 山吹の 九重近く 咲にけるかな

我を思ふ 人ぞあるらし ふるさとに ゐでの山吹 折ながら見つ

山吹を 折るとはなしに 夕暮の 蛙なくまで 立てる霞か

鶯の なく声きけば 深山いでて 我より先に 春はきにけり

訪ねきて きけばありけり 鶯の なくなる夏と 思ひけるかな

春ゆかば 花とともにし 旅ならむ おくれば何の みにかなるべき

*はかなくも 花のちりぢり 惑ふかな ゆくへも知らぬ 春におくれて

大空と 山路をたのむ 春くれば 旅ゆく雲を 霞と思はむ

いづちとか 夜は蛍の のぼるらむ ゆくへも知らじ 草の枕に

ふく風に 散りぬるならば 菊の花 雲居なりとも あひは見てまし

あまたあらば そふべきものを かみな月 残れる菊の 限りなりけり

菊の花 うつらぬ枝の まじれるを けふよりのちに 霜はおかなむ

ちとせふる 霜のつるをば おきながら 菊の花こそ 久しかりけれ

またやあると 問ふ人あれや 菊の花 限りなしとも 惜まるるかな

住ノ江の 松は老いぬと 思ふらむ 影にも波の よりて見ゆれば

水底の わくばかりには くぐるらむ よる人もなき 滝の白糸

初雪に けさはおきても 思ふかな さてもありつる わが身ふりぬと

ぬさよりも なくなくわれぞ たぐへまし 涙を送る たむけありやと

別れ路を いづかたへとも 知らぬ身は ゆく人をこそ 問ふべかりけれ

ぬさよりも 我やゆかまし 道の奥の しのぶばかりの かたみ送りに

遠ければ 思ひはすとも 忘れなむ かたみをわけて 送るまされり

*露にだに あてじと思ふ 人しもぞ 時雨降るころ 旅にゆきけり

遅れじと いはぬ涙も たむけには とどめかねつる ものにぞありける

忘れずば 人はこしぢと 思へども 今は帰るの 山をたのまむ

ゆく道を 海路とのみは わびはてじ かへるの山の まつをたのみて

旅人の 露はらふべき 狩衣 まだきも袖の 濡れにけるかな

君がため なでしもしるく このたびの たむけの神と なるぞ嬉しき

あしひきの 山苦しくて くだるとも くだりて山は ひとり越えなむ

月影に 道のあひだは あかくとも 今宵はともに いでむとぞ思ふ

*都いでて 難波のかたに ゆく人は 住吉ときく 浦にとまるな

たちまちの たむけの神も 知らずして 袖に切りたつ 旅のぬさかな

*白露の かるかやごとに いざ知らす 草葉も玉の 櫛笥ならまし

この山の 道の限りと 思へども かつまた道は 遠きなるべし

誰をかは こふの山辺の 時鳥 草の枕に たびたびは鳴く

風おはぬ ふなさか山は 年月も 同じところぞ 泊りなりける

峰の上に 絶えず雲のみ たなびくは 白く落ちくる 布引の滝

ひとたびも まだ見ぬ峰に まどはぬは 雨のあしこそ しるべなりけれ

菊ならぬ 花にありせば 散りなまし 植えて霜には おかせたれども

*わたれども 寝るとはなしに わがみつる 夢咲川を たれに語らむ

あまつ風 ふけひの浦に ゐる鶴の などかくもゐに 帰らざるべき

八十浦の いただく雲の ものなれば 久しけれども まづはたのもし

たまさかに けふあひ見れど 鈴虫は 昔ながらの 声ぞ聞ゆる

*君が世に 難波の浦は しげりあひぬ 葦刈ることを せねばなるべし

難波津の あなたのことは 住吉の 年ふる松ぞ しらば知るらむ


音にきき 目にはまだ見ぬ 播磨なる 響きの灘と きくはまことか

年ふれば くちこそまされ 橋柱 昔ながらの 名には変らで

わが宿は 煙となりて 雲居なる いづこをさして ゆかむとすらむ

住吉の 岸ともいはで 白波の なほ打ちかけよ 浦はなくとも

雲居より くれば悲しき ふるさとを 仮の道とぞ 思ふべらなる

*みるめゆゑ あまにしたれど 女郎花 けふは我にぞ かづきをどれる

空蝉は さもこそなかめ 君ならで くるる夏ぞと たれかつけまし

蝉の声 くるる夏ぞと 思へども 秋もたつやと などかきざらむ

*幼くて 親となれたる 雁の子を みやたてしても 思ふべきかな

消えねばや ときにあはせむ 春風に あたらでわびし 谷の氷は

春遠く あれども井出の 山吹は こころのゆけば 折りながら見つ

浦に住む 鶴のあふきを わがかたの 風かとのみも 思ひけるかな

なにそむる 秋のあふきを 女郎花 咲にけりとも 見ゆる色かな

いにしへの にきしはものか 九重の きつつかよふと 思ふこころか

にほどりの かよふ水田に 浅き瀬に 浮べるかもは ふたつ連ねて

きのふまで 恨みし風は 大空の うき雲払ふ つがひなりけり

白露に おきたるまゆみ おしをりて いかにつけとて みするなるらむ

夢をこそ 寝覚のほどに 語りけめ みたてまでにも 聞えけるかな

夏の日の 暮方にこそ あやしけれ みのときもなく 馬も見えねば

よそ人の 馬にわが名は たち果てぬ これにはつけむ ものもなきかな

ぬらさじと つつみをれども 大空の 川衣なれば 露やおくらむ

*見しかども たれとも知らず 難波潟 波のよる見て 帰りにしかば

住ノ江の 松とほのかに ききしかば 道こししほや よるかへりけむ

桜花 高き梢の なびかすは かへりやしなむ をりわびぬとて

をりわびて かへらむものか 滝影の 山の桜は 雲居なりけり

*いかでかは 散らさでくべき 藤の花 風によりてぞ 波もたつらめ

君が世に さかゆくべしと 思ひせば 知らましものを ただみねの道

波高み よるべくもあらぬ 舟なれや 浦にもつけで 沖ながら見む

すもりごも たちにけるかと 見るにこそ かひなき身さへ 恨みありけれ

あるべくは 人に告げつつ 今はなほ たよりなき身と 思ひけるかな

人にます こころづかひも あるものを たよりなくてふ ことを作らむ

いづこにか 訪ねてあはむ みをわけて 君がゆるさぬ こころづかひを

よそにして わぶる涙に われならぬ 人は時雨と 思ひなすらむ

いづかたに 立ち寄れとてか 春霞 思はずにのみ 松は知るらむ

たれならむ わが名ながらぞ 願はるる かくてもつひに あらじと思へば

はかなくて うきてみゆれど 白雲の 山にもかかる こころとをしれ

水茎も ゆきてかへらず なりぬるを 何に流るる わが身なるらむ

つてにても とひけるものを はてもなく よりなき身とも 思ひけるかな

*人を思ふ こころの底は 池なれや いひそむるより こひの積れば

ほのかなる 声ばかりにや きりぎりす ねなくに秋の 夜をあかしつる

音にのみ ききてわたらぬ 逢坂の 関の清水に 流れぬるかな

*底にして 深しといふは たのまれず 浅くて影の 絶えせずもがな

月影に 道のあたりは あかくとも 今宵はともに いでむとぞ思ふ

ひとたびも まだ見ぬ道の 惑はぬは 雨の下こそ しるべなりけれ

音にきく 鳴門の浦に かづくてふ あまやわびしき 君を見るかな

都には ありわびぬれば 津の国の 住吉といふ かたへこそゆけ

津の国に わがたのめりし 住吉に たよりなみこそ まなく立ちけれ

*言の葉の なかをなくなく 求むれば 昔の人に あひみつるかな

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