うたのある生活

赤人集 異同歌

静かなる 垣根もとめて いづくにか 春のありかを ともに求めむ

春を見て かへらむことの 忘らるるは こだかき陰に よりてなりけり

春とのみ ところどころに 惜しめども 皆同じ色に 過ぬるかうさ

はるばると あひて老いぬる 身なればや 酔いに涙の あかれざるらむ

今ははや かへりきなまし 藤の花 見るとせしまに 年ぞへにける

木伝へし 緑の糸の よりければ 鶯とむる 力なきかな

花をのみ たづねこしまに 春はまた 深さ浅さも 知られざりけり

新しき 春の山辺の 花のみぞ ところもわかず 咲にちりける

近からぬ ときにひとたび 別るれば 年のみとしに 隔たりにける

別れにし 時をおもひて たづぬれば 夢のたましひ はるけかりけり

朝ごとに むすぼほれてぞ すぐしつる 散りにし里を こふるこころに

*別れにし 君が身をすて いたづらに 形のかはる 身こそつらけれ

別れての のちもあひ見むと 思へども これをいづれの 時とかは知る

人を送る ともに春さへ 過ぎぬれば かれこれ恨み あまたありけり

*近からず はるけきほどに 年をへて 別るることは 苦しかりけり

ふたつとも 見えぬ×つきの やまごとに 照りわたりつつ あきらけきかな

暑からず 寒くもあらず よきほどに 吹きける風の 止まずもあらなむ

曇りなく 滝は山さへ 晴れゆけば 水の色さへ 改まりゆけ

白雲の 中をやりつつ ゆく水の めでたきことは 山にざりける

おきへより 吹きつる風は 白波の 花とのみこそ 見えわたりけれ

わびてゆく 宿に光の 暮れゆけば 吹く風のみぞ 戸ざしなりける

陰しげき 水のあたりは 年をへて 過ぎにけれども あはれなるかな

宿ごとに 花の錦を 織れればぞ 見るにこころの やすきときなき

谷水の ことのね絶えず 聞ゆれば ときのまをだに 隔てずぞきく

泣く涙 こふる袂に うつりては 紅深き 宿とこそみれ

わかるとき いひつる年は はるけきを 近きを見るぞ わびしかりける

*ひととせに またふたたびも こしものを ただ昼中ぞ 春は残れる

鶯は すぎにし春を 惜しみつつ なく声おほき ころにまるかな

鶯も 時ならねばぞ なく声は 今はまれらに なりぬべらなる

*秋近く 蓮もひらく 水のおもに くれなゐ深く 色ぞ見えける

吹く風に 枝のむなしく なりゆけば 落つる花こそ まれに見えけれ

なく枝の 声深くのみ 聞ゆるは 残れる花の 枝をこふるか

*月影に なべて真砂の 照りぬれば 夏の夜深く 霜かとぞ見る

わがこころ しげき時には 吹く風の 身にはあらねど 涼しかりけり

天の川 ほどのはるかに なりゆけば あひ見ることの 定めなきかな

ひととせに ただ今宵こそ 七夕の 天の川原を わたるてふなれ

つねよりも 秋の木の葉は おくらむに くれなゐ深く 見えわたるかな

かすかなる 時のみ見ゆる 秋の夜は もの思ふことぞ 少なかりける

もみぢ葉の 色くれなゐに 見えつるは なく蝉のはや なくなりぬらむ

秋の夜を 寒みなきつる 虫のねは わが宿にこそ あまた聞ゆれ

吹く風の 音高くのみ 聞ゆるは おく露うたて 寒くもあるかな

*木の葉みな 唐紅に 作るとて 霜のさらにも おきまさるかな

秋の夜を 寒みなきつつ ゆく雁の 霜をのみきて たち帰るらむ

空に雁 飛ぶこと早く 見えしより 秋は限りと 思ひしりにき

なく枝の 声だに絶えて 聞えなば 旅なる人は 思ひまさりぬ

新しき うれへは多く 寒き夜の 長きよりこそ 始まりにける

*ものを思ふ こころは灰と 砕くれど あつきおきには 及ばざりけり

年ごとに 数へこしまに はかなくて 人は老いぬる ものにざりける

あくまでに みてる酒にぞ 寒き夜は 人のみましに 温まりけり

老いぬれば ぬはばやさめぬ とこしなへ 夜半に過れば 寝てのみぞふる

宵々に またおく霜の 軽ければ 草葉をだにぞ からせざりける

*ひとりゐて 燃るほのほに 向へばや 陰をともなふ 身とはなりぬる

くも晴れて 清き月影 今日ならず あらむ限りは 惜しみこそせめ

*こころをし 天の浮木に なしつれば 流るる水に 沈まざりける

*かりそめに しばし浮べる たましひの みな泡とのみ たとへられける

黒髪の 白くにはかに なりぬれば 春の花とぞ 見えわたりける

われかみも 春の限りに 人知らば 草木なるとも 思ひしりなむ

くもわけて 都たづねて くる雁も 春にあひてぞ 飛びかへりける

*春ごとに あひてもあはぬ こころかな 花雪とのみ 降りまがひつつ

雨雲の 身を隠すらむ 日のひかり 我身くらせと 見るよしもなき

都まで 波高しとも 聞えなくに しばしだになと 身の沈むらむ

春の野に あさるきぎすの 妻恋に 己がありかを 人に知られつつ

梓弓 春はや近く 宿りせば つきてきくらむ 鶯の声

うちなびき 春さりくれて しかすがに 空くもりあひ 雪は降りつつ

梅の花 咲散りぬらし しかすがに 白雪には○ ○○○○○○○

まきもくか ひはらに立てる 春霞 ○○○○○○○ ○○○○○○○

とく髪を まきもく山に 春されば この春しきて 霞たなびく

春霞 別れてともに 青柳の えたくひもちて 鶯なきつ

かげろふの 夕さりくれば かりひとの 夢見えかたに 霞たなびく

紫の 根はひよちよの 春の野に 君をこひける 鶯ぞなく

わが背子を ならしの山の 呼子鳥 君呼び返せ 夜の更けぬとき

朝ごとに きてなく小鳥 なかだにも 君にこふらし とこなつに鳴く

冬ごもり 春はたちにき あしひきの 山にも野にも 鶯なきつ

春なれば 妻や求むる 鶯の 梢をつたひ なきつつはふる

かすがなる はかひ山なる さほのうらは ゆくなるたれを 呼子鳥ぞも

朝露に しとどに濡れて きなむとり かみやまより○ 鳴きわたるなり

吹雪つつ 雪は降りつつ しかすがに 霞たなびく 春はきぬらし

峰のうへに 降りおく雪は 風の音も ともに散るらし 春はありとも

鶯の 春になりぬらし 春日山 霞たなびく 夜目にみれども

青柳の 糸の細さを 春風に 乱れる色に 見せむとぞかし

鶯の 木伝ふ枝の 移り香は 桜の花の ときのまづきぬ

桜花 ときは過ぎねど 鶯の 恋はさかりと 今やなくらむ

わがさとる 柳の糸を 吹き乱る 風にや妹が 梅は散るらむ

年ごとに 梅は散れども 空蝉の 世にわれはしも 春なかりけり

*うちつけに とは思へども はじめても まづ見まほしき 梅の花かな

あしひきの 山の端てらす 桜花 この春さへに 散りにけるかな

うちなびき 春たちぬらし やまもとの 我が世の末に 咲散る見れば

*あの山の 桜の花は 今日もかも 散り乱るらむ 見る人なしに

蛙なく 吉野の川の 滝の上に あさざの花ぞ 咲てあだなる

春の岸 鳴くだにもとに 桜花 散りぬべくなる 見る人もかも

春雨は 散らまくも惜し 桜花 しばし咲かなむ 惜しみてしがな

見渡せば かすがの上に 霞たち 開くる花は 桜花かも

淀川の みなくき末に 見るまでに みかさの山は あせにけるかも

とき見れば まだ冬なるを しかすがに 春霞たち 雪は降りつつ

こぞ咲きし 草木今咲く いたづらに 土にや散らむ みぬ人なしに

朝霞 春日くれなば 木の間より うつろふ月を いつかたのまむ

春霞 たなびく今日の 夕月夜 清く照るらむ 高松の山

春されば 木隠れ多み 夕月夜 おぼつかなしの 花の陰にて

春の雨に ありけるものを 立ち隠れ 妹が家路に この日暮しつ

春日野に 煙立つめり やをがしは 春の多きに 雨の降るかも

春霞 立つ春日の○ 行き帰り われもあひ見む ○○○○○○○

住吉の 里ゆきしかば 春花の いとまれに見む 君にあへるかも

かすがなる 三笠の山の 月もいでぬかも 関山に 咲ける桜花 ○○○○○○○

*冬はすぎ 春はきぬれど 年月は 改まれども 人はふりゆく

春山に ゐる鶯の あひ別れ かへりますまの 思ひするかも

わが宿の 木の下月夜 妹がため ○○○○こころ うたてこの頃

わが宿の 春咲く花の 年ごとに 思ひますとも 忘れめやわれ

梅の花 咲散る野辺に われゆかむ 妹がつがひは われて待つらむ

藤波の 咲く野辺ごとに はふ葛の ○○○○○○○ ○○○○○○○

春の野に 霞たなびく 桜花 うちなるまでに あはぬ君かな

わが背子を わがこふらくは 奥山の あぜみの花の 今さかりなり

梅の花 しだり柳に 織りまぜて 春にそふるは 君にあるかも

春立てば 草木の上に おく霜の 消えつつわれや こひやわたらむ

春霞 立ちにし日より 今日までに わが恋やまず 人のしげきに

青つづら 妹をたづぬと 春の日の 霞たちもち こひ暮しつつ

あやしきは わが宿にのみ 立つ霞 たてれゐれとも 君がこころに

こひつつも 今日は暮しつ 霞つつ 明日の春日を いかで暮さむ

春立てば しげしわが恋 わたつみの 立つ白波に とへぞまされる

おぼつかな 君にあひみぬ すがの根の 長き春日を わびわたるかも

春雨に こころも人も 通はむや 七日し降らば 七夜こしとや

梅の花 散らす春雨 おほく降る たびにや君が いほゐせるらむ

くにすらが 若菜つまむと しめし野に ○○○の君が よきり頃ほひ

ますらをが ふしゐなげきて 作りたる しだり柳が かつらせよ妹

春山の あぜひの花に 憎からぬ 君にはしめよ 夜離れはこひし

いそのかみ ふるの社の すぎにしを われらさらさら こひにあひにけり

さのかたは みにならずとも 花にのみ 咲てな見えそ 恋の桜を

梓弓 ひきつべきやある 夏草の 花咲かぬまで あはぬ君かな

春くれば まづなく折の 鶯の こと先立ちし 花をし待たむ

あひ思はぬ 人をや常に すがのねの 長き春日を こひや暮さむ

春霞 たなびく野辺に わがひける ○○○○○○を 絶えむと思ふな

ますらをの 袖たちむかひ しめし野の かみなび山に かへりかたがた

時鳥 なく初声は われきかむ こさつきの野山 さやぬきいでむ

朝霧の たなびく野辺の あしひきの 山時鳥 いつきてなくぞ

あしひきの 八重山こえて 呼子鳥 なくやなかくる 宿ならなくに

藤波の 散らまく惜しき 時鳥 いたきの小川 なきてこゆらむ

朝霧の 八重山こえて 時鳥 この花隠れ 鳴き声くなり

木隠れて 今○○○○○ 時鳥 なき響かして 声まさるらむ

木隠れて 夕く○なるを 時鳥 いづこを家と なきわたるらむ

月清み なく時鳥 見むと思ふ わが○○○○○ 見む人もがな

時鳥 けさの朝霧 なきつるを 君はえ聞かず いやはねつらむ

宵のまに おぼつかなきを 時鳥 なくなるほどの 音のはるけさ

卯の花の 咲くまで惜しき 時鳥 野にて山にて ○○○○○○○

やまとには なきてきつらむ 時鳥 なかなくことの なきも思ほゆ

もの思ふと 寝ざるあさけに 時鳥 わが衣手に きなきをりつつ

こむ○ひと 時鳥をや まれに見む 今やなべてに こひつつをるは

たちばなの 林を植ゑむ 時鳥 つねに冬まで 住みわたるかな

雨晴れの こむまにたぐひ 時鳥 かすがをさして 今なきわたる

かくばかり 雨のふるをや 時鳥 卯の花闇に なほや鳴くらむ

思はくの こころもあきに 匂ひぬと ときのはしばみ 秋たたねども

かぐはしき 花橘を 花に縫ひ おちこむ妹を いつとか待たむ

我妹子に あふちの花は 散りにけり 妹さけるごと ○○○○○きく

卯の花の 咲けるかきほに 時鳥 なきてさめたる 人はききつや

ききつやと とかとひつるを 時鳥 さらになれつつ 今なきわたる

ひとごとは 夏野の草に しげくとも 妹とわれとし たつさはりなば

この頃の 恋のしげらく 夏草の かり払へども おひしげること

たぐひあらば ふなつのしげみ 打ち払ひ ひとがわ命 つねならめやは

われのみや かく恋すらむ かきつばた つらとふ妹は いかがあるらむ

橘の 花散る里に 通ひなば 山時鳥 響かざらむかも

夏なれば すごくなくなる 時鳥 ほとほと妹に あはてきにける

さつき闇 花橘に 時鳥 陰そふときに あへる君かも

時鳥 鳴くやさつきの 短夜も ひとりし寝れば あかしかねつも

ひぐらしは ときになけども 君こひて ○○○○○○○ ○○○○○○○

卯の花の 咲くとはなしに あだひとを こひわたるらむ 片思ひにして

われこそは 憎くもあらめ わが宿の 花橘を 見にはこしとや

水無月の 土さへ割けて 照る日にも わが袖ひめや 妹にあはずして

天の川 水底までに 照らす舟 つひに舟人 妹と見えずや

大空に たなびく雨や 数見れば 人のつまゆゑ 妹にあひぬべし

やちをしの 神の御世より 妹もなき 人と知らせし きたりつけけむ

わが恋○ ○○○○○○○ 今宵わが 天のつ橋の いはかしまつと

おのが妹 なしとはききつ 手にまきて またきて寝よ君 さまにとがなし

天地と わけしときより わが妹と そひてしあれば かねて待つわれ

うばたまの 夜昼くもり 暗くとも 妹が言葉は 早く告げてよ

ゆふつつも 通ふ空まで いつときか あふきて待たむ 月人男

わが待てし 秋はきさきぬ いまだにも 匂ひにゆかむ ならしがたみに

天の川 空のわたりの うつろへば 川原をゆくに 夜ぞふけにける

昔あけて 衣を重ねば 天の川 天の川舟 浮びあけぬとも

よろづ夜を たづさはりゐて あひ見むと 思ふべしやは こひあらなくに

白雲を いろいろたてし 遠くとも 呼ぶ声をみむ 妹があたりを

わがためと 七夕つめの その宿に 織る白布は おひとかそかも

*君にあはで 久しくなりぬ 帯にせし 白妙衣 垢つくまでに

秋たちて 川霧わたる 天の川 むかひつつ○○ ふるまもあらじ

○○○○○ ○○○○○○○ つねにあかぬ ○○○○○○○ ○○○○○○○

たなばたの いほはた立てて 織る布は 秋たつ衣 たれかとめけむ

年にありて 妹がまたなむ うばたまの 夜よりくもる 遠き舟出を

わが待ちし 秋はきたりぬ 妹背子と なにごとあるらむ 久むかひゐて

あけすぐし け長きものは 天の川 隔ててまたや わが恋をせむ

秋風の はき○○弱し 白雲のは 七夕つめの 秋の妻かも

しばしばも あひ見ぬ君は 天の川 舟出はやせよ 夜の更けぬときに

天の川 霧たちわたる 彦星の 徒歩音聞ゆ 夜の更けゆけば

秋風に 川波たつな たたじはし 八十舟のつに 御舟とどめむ

秋風に 川風清し 彦星の 今朝こぐ舟に 波の騒ぐか

天の川 川瀬にまして 年月を こひつる君に 今宵あふかも

天の原 ゆきいるあとは 白まゆみ ひきて隠るる 白人男

この夕べ 降りくる雨は 彦星の とくらの舟の 櫂のしづくか

風吹きて 川波たつな こぐ舟の 渡りをぞゆく 夜の更けぬとき

天の川 うち橋わたす 妹が家 とどまらず通へ とき待たずとも

天の川 川は吹くとも わが舟を とくかきよせよ 夜の更けぬまに

よし今宵 あへると駒に こととはむ 待ちもせずらし 夜ぞ更けにける

天の川 川波高く わがこふる 君が舟出は 今ぞすぐらむ

はるかなる 君もてゆきて 天の川 うち橋わたし 君にあはずは

天の川 霧たちわたり 七夕の 雲の衣の あへる空かな

いにしへの 織りにしはたの この夕べ 衣にぬひて 君待つわれを

天の原 夜深くなれば 天の川 霧たちわたり ○○○○○○○

天の川 わたる背子との みてぐらの こころは君を ゆきてませとよ

ひさかたの 天の川原に 舟うけて 君待つわれは あけてもあらぬか

渡守 舟わたしをと 呼ぶ声の ゆかぬなるべし 徒歩音もせぬ

天の川 むかひにたちて こふるとき ことだにつげよ 妹もととはじ

まけ長く 川を隔てて ありしそで 今宵まかむと おもへるかよさ

天の川 わたる背子との 沈むらし 雲のしるしの ありと思へば

七夕の 今宵あかねば 常のことまた こひてやわたさむ 七夕わたせ

天の川 ことうきやりつ いづれをか 君が影をも わが待ちわかむ

天の川 こぞのわたせは ありけるを 君がきたらむ 道のしらなく

天地の 初めしときより 天の川 むかひにてゐたまふ こひと待つに ふたたびあはぬ
妻恋に もの思ふ日は 天の原や 天の川原に 通ひ路の 通ふわたりに よそれはつ
舟のともかも 舟にそひ まかぢもしげく 萩の花 もとはれぬ 秋風の 吹きくる宵に
天の川 白波しげき おちたきに はやまさりたる 若草の 年をなにへて 思ひつつ
恋をつくさむ 文月の 七日の宵の 別れ悲しも

駒錦 紐とけやすき あま人の 妻まくる夜ぞ われも思はむ

わかの浦に 潮みちくれば かたをなみ 芦辺をさして 鶴なきわたる

飛鳥川 川よとさらず 立つ霧の 思ひすぐべき ことならなくに

*春たたば 若菜つまむと しめし野に 昨日も今日も 雪は降りつつ

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